書評

タイトルハッカーズ hackers
著者スティーブン・レビィ
発行工学社
第1部真のハッカーたち―50年代と60年代のMIT(テック鉄道模型クラブ
第2部ハードウェア・ハッカーたち―70年代のサンフランシスコ周辺(動乱2100
第3部ゲーム・ハッカーたち―80年代のシエラネバダ(魔法使いとお姫さま

ハッカーがどのように生まれたかのルポルタージュ。このルポは、三部に分かれている。
一部では、MITで、PDP-10などをハックして、自由に使っていたハッカーの物語。
二部では、その様な大学ではなく、個人で手に入る(個人で自由になるコンピュータ=パソコン)を作ろうとする、ハードウェアハッカーたち(アップルのウォズニアックも含まれる)を追っている。彼らは、週末になると自作のパソコンを持ち寄り様々な使い方を、試みる。
三部では、主にゲームを作ろうとするハッカーたちを追っている。ロードランナーなどがどのように生まれたかなどを詳細に論じている。
1985年に出来た本なので、出来れば同じ著者1985年から2000年までの文を書いて欲しいと思う。そのくらい良くできた本だ。
3部とも共通しているのは、情報は共有財だという考え方だ。自分が作ったソースコードやアルゴリズムを、他の人が改良して使うのは良いことだという倫理観だ。不思議とハッカー倫理は、コンピュータのすさまじい進歩にもかかわらず、50年間変わっていないように思える。今だったら、Linuxもその様な倫理を受け継いでいる様に感じる。彼らは、統制を嫌い、とにかく自由な雰囲気から、今までに考えなかったようなアイディアが生まれると考えている。そして、その様なアイディアが、お金になると分かったときから、銀行家などの全然違う人種との交流や不信が生まれていく。
書いていて疑問を持った。なぜこの早いコンピュータ文化の進化にもかかわらず、50年たったにもかかわらず、いまだに情報は共有すべきだと考え、それによって偉大な成果が生まれるのだろうか?Linuxしかり、Apacheしかり、最近では、P2Pや、SETIなど情報の共有ではなくファイルやCPUの共有すら行われるようになってしまった。もしかしたら、コンピュータにはその様に進化を促す仕組みが潜んでいるのかも知れない(これは夢想だけれども)。


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Last-modified: 2015-02-01 (日) 14:38:23 (879d)