[[書評]]
|書名|透明な存在の不透明な悪意|喪失の風景|
|著者|宮台真司|酒鬼薔薇とその仲間たちへ|
|出版社|春秋社|「専業主婦廃止論」再論|
|出版年|1997年|溶けゆく家庭と子供幻想|
|||酒鬼薔薇は十代、通り魔は二十代、M君は三十代|
社会学者宮台の酒鬼薔薇について書いた文章。エッセイに近いような気がする。酒鬼薔薇が捕まったとき「フーン、そーか」って言う感想を持った気がする。そんなに驚くべき事でも無かった気がする。なんだか知らないけど社会不安は増大しているような気がする。宮台も指摘していたけど、社会の成熟(こう言うとわかりにくい)、経済の成熟(昔みたいに年10%ベースの成長はもはや無理)の社会では、未来に対する期待値よりも、現状からそうも変わらないだろうと言う心理が働いて、その出口なしの感覚が人の暴発につながるような気がする。将来に対する期待値と現状の我慢の関係をもう少し見てみたら面白いのかも知れない。昔の子は切れにくかったと言うより社会全体に成長に向けての余裕と期待値みたいな物が、「きれる」という現象を押さえていたような気がする。 経済の成長率とそれが社会的に覆う時代の雰囲気ってかなり密接に関係しているのでは無いかと思う。

トップ   差分 バックアップ リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS