[[雑記帳]]

なんか久しく見ない間にだいぶレスがあってうれしい限りです。

最近、怪談とテクノロジーの受容の関係を考えてみようと思っています。
人は身の回りにある、何となくブラックボックスっぽいものを小道具に怪談を作り上げます。

明治か大正時代、電話が通じるは、電話線に処女の
生き血が塗られているからだってまことしやかにささやかれました。

現代では、電話を使った怪談もありますし、テレビ、ラジオにまつわる怪談もあります。
最近は、監視カメラについての怪談もあります(監視カメラには写っていて、実際に見るといないというパターン)。

携帯電話を小道具にした怪談もちらほらとでているようです。
そのうち、無線LANを小道具にした怪談もでてくるでしょう(ある場所に行ったら、突然ネットにつながって、でも後で考えてみると
その付近には、無線LANのベースステーション無かったとか、そういう話)。

言いたいことは、怪談を通して、テクノロジーやメディアに人々がどういうイメージを抱いているか
見ることができるんじゃないかってことです。

無線LANの話とかよほどうまく作らないと、そもそも何が怖いのか分からないと言う事になりがちです。
そういうテクノロジーと、普通の人々のそのテクノロジーに対するイメージの辛みっておもしろいなって思います。

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